その子にあった方法 

いい加減だった

私の友だちや知り合いには、発達障害である、自分のお子さんに丁寧に勉強を教えていた人が何人もいる。

私にはできなかったことだから、とても尊敬する。

その結果、お子さんは希望の高校に入って、大学まで出て、ちゃんと自立している。

そういう子どもたちを見ていて、ほんとに心からすばらしいと思う。

 

それに引き換え私は、子どもに勉強を教えるということをほとんどしなかったし、宿題をちゃんとやっているかとかチェックもできていなかったと思う。

長女は長く不登校だったし、長男は宿題をするように言うとパニックになった。

次男、三男に至っては宿題をやっていたのか、いなかったのかも分からない。

音読は聞いてあげていたし、夏休みの宿題はどうなっているのか聞いていた記憶はあるんだけど、勉強を教えた記憶はほとんどない。

長男は中学になると学業放棄に近かったと思う。

通級指導教室のパソコンでは、学習していたみたいだけど……

私がちゃんと見てあげなかったから、いけなかったのかなぁと思ったことも何度かある。

 

振り返って思うこと

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でも子どもたちがおとなになって思うのはそれで良かったってこと

もちろん、これはわが家に限って言っている。

子どもたちは強いられることをすごく嫌ったし、興味のあることは熱心にやっていた。

次男が言っていた。

「子どもの頃の記憶は、キラキラした楽しいものでした」

のびのびと好きなことができたのだろう。

勉強はしなくても、四字熟語やことわざ、ドラえもんのよく分かる学習シリーズ、その他、本はいつも読んでいた。

成績はふるわなかったけど、なんとか大学にも行った。

長女、長男、三男は働くことにおいてはそれぞれの能力を十分に発揮している。

繰り返しになるけど、わが家では、私のいい加減さがむしろ良かったように思う。

 

一時、3人のお子さんを全員東大にやったお母さんがテレビによく出ていた。

一人ひとりの勉強のスケジュールをお母さんが立てて、お子さんたちはそれに従って、東大に行った。

何がすごいって、スケジュールを立てれるお母さんもすごいし、従ったお子さんもすごい。

もちろん、うちでは母も子もそういうことは逆立ちしてもできないのだけど…

色々な考え方や方法がある。

どれが正解ということではなく、大切なのは、

 

「その子にあった方法である」
ということだと思う。

 

子どもたちは、現世に来るときに自分で親を選んでやってくる。

 

だから、ちゃんと自分にあった親の元に来るのだろう。

 

だから、あんまり迷わないで、自分の思うようにやればいいのかなって思う (^_-)-☆

 

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