もう一人のおばあちゃん

歩けない

もう一人のおばあちゃん、千代おばあちゃんのことも書こうと思う。

千代おばあちゃんは母方のおばあちゃん。

 

私は3歳くらいのときに突然、ちゃんと歩けなくなった。

あちこちの医者に行っても、原因が分からず、もちろん改善もしない。

困り果てているときに、おばあちゃんが私を「拝み屋さん」に連れて行った。

「拝み屋さん」ってなんだ?ってことだけど、どうやら霊的なまなこで見ることができる特別な人らしい。

その「拝み屋さん」がこう言ったそうだ。

「庭の池を埋めなさい。そうすればこの子は、歩けるようになるだろう」

 

その頃のわが家の庭には、確かに池があった。

それで、さっそく池を埋めたところ、私はまた歩けるようになった。

おばあちゃんのお陰か、拝み屋さんのお陰か、二人のお陰か……

とにかく、私は歩けるようになった。

 

月日は流れ、私は6歳になっていた。

父がかわいい柴犬を買ってきてくれた。

「太郎」と名前をつけて、それはそれはかわいがった。

柴犬の赤ちゃんのかわいさは、特別だと今も思う。

そんな時、母と弟が肺炎になった。

特に弟は重篤で、ホームドクターの手には負えなかった。

他の医者に見てもらうように言われた。

私はその時の、胸の苦しさを今もけっこうはっきり覚えている。

そんな時でも父は一日も仕事を休まなかったので、おばあちゃんたちが交代で看病に来てくれた。

 

弟は2件目の医者に診てもらうようになって、やっと回復に向かった。

ところが、弟の回復に合わせて太郎の具合がどんどん悪くなった。

そして、弟がすっかり良くなったときに、太郎は死んだ。

さんざん泣いている私に、おばあちゃんは言った。

「太郎がこの家の不幸を全部しょって代わりに死んでくれたんだよ。
だから、悲しまないで、太郎に『ありがとう』を言おうね」

6歳だったのに、この時のことは、よく覚えている。

 

お母さんと弟を助けてくれた太郎に感謝しないと……

そう思った。

 

夢で会う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千代おばあちゃんは、4月2日、102歳で亡くなった。

かねおばあちゃんと一緒で桜が満開だった。

お通夜の日、私は高熱を出して、お通夜には行けなかった。

翌日の告別式にはなんとか行くつもりでいた。

 

お通夜の晩、夢を見た。

おばあちゃんが私に話かける。

「ゆうこは、なんでお通夜に来てくれなかったの?」

「おばあちゃん、私、熱が高くて行けなかった。でも明日は必ず行くからね」

おばあちゃんは、にっこり笑って、私を思いきり抱きしめてくれた。

ものすごく幸せだった。

そして、朝起きてもその幸福感と抱きしめられた感触が残っていた。

 

おばあちゃんの愛は、深くて柔らかで優しい。

 

そして、私の孫は、もうすぐ3人になる(* *).。.:*

 

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